おれ、船長になる!①プロローグ

おれ、ジャングルを旅する船長になる!

おまえの会社の社長、証人喚問されてるけど? プロローグ–船長前日譚–

 コンビニで営業車を停めて休憩してたら親父から電話が掛かってきた。
「おまえの会社の社長、証人喚問されてるけど?」
 はい、思い当たることだらけです。
親父、ごめん


普段は社員に向かって「シロアリ」だの「○ね」だの鬼詰めしている社長が
今度は「目ん玉売れって言ったんですか?腎臓売れって言ったんですか?」
と社長が国会中継で詰められまくってたらしい。そりゃ親父も心配して電話してくるよね。
 

私、黄田が初めて就職した会社は後々「KING OF BLACK」と揶揄されるほど
有名になったノンバンクの会社でした。

 普段は朝8時に出勤、22時に退社できればラッキー。法人(個人事業主)むけに手形の割引や融資の実行、それ以外は営業電話や融資の稟議書作りで一日が終わるような今の価値観なら絶対働かない会社。
最初に就職した会社がそんなとこだし、なかなか家に帰れないけどこんなもんなんかなと思っていた。同僚も上司もみんな顔色悪いけど、みんな仕事には真面目で一生懸命だったしね。
 ただし
毎月訪れる返済日は、真面目で一生懸命な社員たちが豹変するのでした。

ハッピーコール

 「ハッピーコール」それは返済日の三日前くらいから、融資先に「返済日近いですよ。忘れずにです」
とか「返済厳しかったら必ず相談してくださいね~」と基本的には確認の電話をすること。
「先月も先々月も遅れてましたよね?一括返済してもらいますからね!」と受話器に怒鳴っている先輩もいる。
全然ハッピーじゃないコールもあるあたり、この時期は事務所の治安が悪くなっていくのを感じる。
 返済日当日になると、先輩社員はみんな電話や応接室でキレ散らかしている。

先輩社員たちは他社や銀行から断られたお客に貸し付けてることも多いから、返済日は当然のことながら返済が難しいお客が多い。貸し付ける側も必死になっている。怒鳴って返済してくれるならみんな怒鳴る。返済できなければ回収するだけだ。
 黄田のお客はまっさらなお客が多かったので、ほとんどのお客は返済日にはきちんと返してくれてた。
最初のうちは・・・

黄田の働いていた会社の貸付金利は29.2%、めちゃくちゃ高い。(それでも黄田が入社するまでは40%とってた)
普通にやってたら新規客なんて獲得できるわけない。営業をかけた相手が、たまたま金策に困っているような普通の状態でなければ新規客にならない。 
 黄田はラッキーなことに、入社して数日間で適当に送ってたダイレクトメールがあたり、立て続けに新規の融資が3件、手形割引も4件くらい獲得してた。そのうち一件は印刷会社の社長が、友達の町医者を連帯保証人にたてた一発1千万の融資だった。 ラッキーだけで得た結果だけど、社内表彰もされて悪い気分ではなかった。
 同期の中には入社して半年以上も獲得できない者もいて、一度デスクに座ったら100件営業電話するまで立ち上がるなと言われてた同期もいた。
「10円玉何枚ドブに捨ててんだ?」って詰められてる姿はもはや風景になるくらいだった。
 黄田は0件が続く同期のなかでは唯一、既存・休眠客への営業も許されていたし支店長も優しく、はっきり言って優遇されていた。
手形割引中の既存客は融資の営業もしやすいし、休眠客は過去に取引があって、タイミングがあえばまた利用してくれる可能性も高い。既存・休眠客への営業ができるだけで個人成績はほんとあがりやすいし、インセンティブも増えてありがたい。
 ただし、担当先が増えると変なお客も比例して増えていく。
初月はきちんと返済したものの、2か月連続で返済遅れになった社長がいた。
直近のハッピーコールの反応も悪く、また遅れそうな気配を察知した先輩の指示で今月の返済日は事務所に来てもらうことにした。
返済日当日、意外なことにちゃんと事務所にきた。いや違うな、事務所にはきた。
手ブラで。

事務所にさえ来れば、またジャンプ(利息だけ払って元金は返済しないこと。その場しのぎだが一時的な負担は少ない)させてもらえると思っているんだな。
払う気はなさそう、こういう社長にはどういう態度をとればいいのか、まだわからない。
えっと、詰めればいいの?罵ればいいの?
一年目の社員らしくいつもニコニコ営業しかしていなかった黄田にとって、こういう場面で使える引き出しはない。
様子を見かねた先輩社員が応接室にやってきた。入社6年目の林先輩だ。いつも良くしてくれる。
「黄田く~んまだかかる?昼飯買いにいこ」
「林さん、接客中なんで今ちょっと無理っす」
どうして応接室まで来て昼飯の買い出し誘ってくるのよ?ほら、手ブラ社長も腕時計チラ見なんかして、帰る雰囲気だしちゃってるよ。
「黄田くん、社長はそこに座って待っててもらえばいいから」口角はあがりきり、まるで天使のような悪魔の笑顔。
待たせて昼飯買いに行っていいのか?手ブラ社長もなんか納得いかない顔だよ?

なんだ、浅く椅子に座りなおしてるし。待つよ!のサインか。
「社長ぉぉここにある椅子、全部優良顧客用なんすよ。」林先輩から黄田も手ブラ社長も初耳の知識が披露される。
「社長、そういうことなんでそこに座って待ってて」
指さした先には、3枚に畳まれたパーテーションが応接室の角に置いてある。椅子なんかない。
「はい社長すわってー、椅子あるでしょ?」だから椅子なんてない。あるのはパーテーションと空気くらい。

 黄田は手ブラ社長より先に気づきました。空気に座ってもらうのね?
手ブラ社長は硬直している。
「見えるでしょ?社長。パーテーションに寄り掛かると倒れるから、そこの壁に背中につけてね。もっと深く座ってくださいよー社長ぉぉ」林先輩はさっきの笑顔をキープしたままだ。目は笑ってない。
手ブラ社長は硬直を僅かに緩め素直に従った。今はそんなに現場には出てないけど、昔はきっと体が鍛えられるような現場にいたんだろう。土建屋だしね。表情からは、やれやれという感情とここを凌げばジャンプできるという期待を読み取れた気がする。
がんばれ!手ブラ社長!
「戻ってくるまで必ず、絶対、立たずに!座って待っててくださいね?」林先輩は笑顔キープで優しくない念を押して、ほんとに黄田を昼飯の買い出しに連れ出した。

「先輩、なんかすいません・・」
先輩に謝るあたり黄田も何かが壊れかけてるというか、染まってきている。
「黄田くんさ、あぁいうタイプの社長は初めてよな?ここから覚えていけばいいから。顧客管理も仕事の一つだし、どんどん吸収していってな。」

林先輩はホントに先輩社員らしいことを言ってくれる。やらせてることは空気椅子だけど。
5分も掛からない距離のコンビニでカップ麺とおにぎりを買い、会社へ戻りながら林先輩がまたアドバイスしてくれる。
「会社へ戻ったら社長が気づかないように応接室覗いてな。そんでまだ空気椅子してたらジャンプでいいよ。逆にサボってたら払う気ないから、すぐに回収の段取り開始な。初回だけ払って後が遅れる奴は、出しポンくさいから気を付けないとだわ。支店長にも伝えておく」
林先輩から具体的な指示。優しい雰囲気でくれた指示は、緊張も感じる指示だった。

 空気椅子開始から30分近く経過していただろうか?
手ブラ社長にばれないように、そっと応接室のドアを開ける。
ドアを開けたら対角線に手ブラ社長がいるはずだ。
 少しだけ、ドアを静かに開ける・・・
やった!まだ空気椅子してる。片目に映る手ブラ社長の姿は、プルプル震えながら何故か両手も水平に伸ばしてる。手だって痺れるだろうに勝手に難易度あげてるあたり、根は真面目なんだろう。同時に商売への向いてなささも感じてしまった。
ドアに手をかけたまま、傍で見守る林先輩へ
「ジャンプです・・」声は出さずに伝えた。
唇の動きだけを見て理解した林先輩は、コクっと頷き自分の席に戻っていった。

頭おかしくなってた。

 手ブラ社長に空気椅子をさせた後も毎日毎日、朝は早くて夜遅いし、土曜も出社。
ずっと眠いのにリミッターが外れたみたいに働いていた。
 入社して数か月する頃には、先輩社員のあらゆるハッピーコールを完コピしていた。
返済が滞った社長には躊躇なく「一括で返済してもらいますから、保証人さんとこにもこれから行きますね」なんて平気で言えるようになっていた。
先輩社員からも「黄田くんの言い方、普段優しそうなのに冷たく言い放つから余計にキツく聞こえていいねぇ」と受け取り方に困る賛辞を受け、今や事務所の治安を構成する一員になっていた。

 毎日FAXで帝○データバンクからその日の不渡り情報が送られてくる。自分の担当先がないか確認して、もし自分の担当先が記されていれば即電話。電話に出なければ訪問するのがセオリーだった。
会社の所在地や住まいに訪問しても居ないことがほとんどだが、時には玄関先で同業他社と鉢合わせることもあった。名刺を交換して「社長を見つけたら一つお願いしますね」なんてやりとりしてた。
不渡り情報を見て、自宅マンションに向かったら既に占有屋の怖いおじさん達が室内でたばこ吸ってたこともあった。
それでも立派な金融サラリーマンとして怖いおじさんへ立ち向かい、退去はさせられなくても、おじさん達がせめてどこの何者なのか最低限知る必要があった。この頃はなんだか俺は普通ではないことをしている、出来ているんだと妙な高揚感があった。
返済の遅れた社長達には空気椅子させて、一般人が言わないようなセリフを吐いたりしても、立派な金融サラリーマンを気取っていた。その時に感じていた選民意識に似た高揚感はそれらを疑問に思うことを許さなかった。

 今考えるとホントに頭がおかしくなってた。洗脳に近かったのかも知れない。 

営業全員で手形に裏書しろ!

 その報せは突然やってきた。
先日証人喚問を受けていた我が社の社長が事務所にやってくる。
いわゆる社長臨店だ。
支店長も、副支店長も震えている。悲壮感が事務所に漂う。
毎週月曜に行われる全社集会、本社以外はリモートで接続されている。
集会と言えば聞こえはいいが、中身は支店や社員への糾弾会だ。
今週行われた全社集会でそこで我が支店は「今週のシロアリ支店」と名指しされたのだ。
ついでに林先輩は主任クラスで二か月連続で新規融資がなかった為、「今週のシロアリ社員」にされていた。
「シロアリ支店」と「シロアリ社員」の二冠達成!すごいね!
 単純に目標に達していない支店や社員が吊るされる集会だけど、シロアリ認定された支店は社長臨店もセットで決まるのがこの集会の怖いオマケだった。

そして本社からそう遠くない我が支店はその日のうちにやって来ることが決まった。
 昼過ぎ、社長がやってきた。
さすが国会で証人喚問されてきた男、面構えが違う。

ダブルのスーツ、浅黒い顔に刈り上げた短髪、肉食獣のように深く刻まれた眉間からは他者を寄せ付けないオーラが放たれている。実物を見て黄田はこんなん上場企業にいちゃダメだろ?と思った。
 喚問社長は事務所で一番かわいい事務員さんに誘導されて応接室に通された。そして今、支店長と副店長、シロアリの林先輩を待ち構えている。
 ほどなくして、とぼとぼと3人は一列になって応接室に向かう。歩幅はいつもの半分だ。
進みたくないけど、進まなきゃいけない。唯一抗う手段がその半分になった歩幅なのだ。
大人のこんな姿見たくないよ。
 ドアが閉まるなり喚問社長の罵声が聞こえてきた。なんか大きな物が倒れた音もした。3枚に畳まれてたパーテーションかな?人に当たったらケガしちゃうね。

 なんか「パン!パン!パァン!」って破裂音も聞こえてきた。これはビンタかな?最後の破裂音のあとに「ドタン」って音も聞こえたから一人倒れたと思う。何が行われてるか詳しくはわからない。それでも良くない事が行われていることはわかった。
 10分くらいで喚問社長達が出てきた。様子を伺ってた黄田でさえ長く感じる10分だった。
応接室に招かれた3人は永遠にも感じていただろう。3人とも床に視線を向けたまま、焦点は合っていない。

対照的に喚問社長は笑顔だ。嫌な予感がする。
 喚問社長は黒のセカンドバッグから何やら取り出した。お札よりやや大きい、クリーム色でやや厚みのある紙。

約束手形だ。
「おい、お前ら営業全員この手形に裏書しろ。支店長もいれたら営業は全部で8人だな?早く書け!」喚問社長は反論させる隙なんか作らず、まず支店長に裏書させた。
手形に裏書するという事は、簡単に言えば手形に書かれた金額を保証するという事だ。振出人が手形に書かれた期日までにお金を用意しなかったら、裏書人が用意しなくてはならない。

 次いで副支店長とシロアリ林先輩が社長の顔色を確認しながら裏書する。
「おい、あと営業5人いるだろ?」喚問社長が事務所に眼光を放つ。
まじかよ・・
 残りの営業全員が裏書した。黄田は金額も見ないで裏書した。

というか誰も表面に記された金額を見ないまま裏書していた。
 「おう!そういえば金額決めてないな、2千万くらいでいいか?未達だった金額だ。」
今決めたのかよ!喚問社長以外の全員そう思ったに違いない。
「また未達だったら本当にこの手形を持ち込むからな?」喚問社長は本気で言っている。
 手形は私製だが、債務者にその私製手形を振り出させることで、我が社は債権回収方法で手形訴訟を起こせるようになった。
社長の発案だ。そして手形訴訟を行うことで債権回収は容易になった。そうやって会社を大きくしてきた社長の言葉は重い。
 事務所全員、サイン一つで2千万円の保証人になってしまった。鉄骨の橋でも渡らないと払えない金額だ。
裏書されたシロアリ支店勤務の営業達の名前を読み上げ、嬉々とする喚問社長は上機嫌だ。

そのまま揚々と黒のセンチュリーに乗り込み、支店から引き揚げる喚問社長。
 シロアリ支店の皆と一緒に社長を見送る黄田の心は、黒く悶々としていた。

モームリ

 2千万の手形の裏書をしてから、心は黒く悶々としていた。
一生懸命に働いていても、喚問社長に目をつけられたらあっという間に人間からシロアリに転落してしまう。
 2か月融資実績がないからと、シロアリ社員にされた林先輩だって担当先の融資残高は所属する関東ブロックのなかでは5位に入っている。調子の良いときは月間の手形割引の総額は1億円を超えてブラックベルト達成だ!なんて表彰もされていた。

 俺は立派な金融サラリーマンだ!なんて高揚してたのが嘘みたいに今は冷え切っている。貸し付けて、利息を得る。何か物を作って売っている訳ではない。お米を作れば美味しく食べる貰うまでの間に、お米を運ぶ人、売る人、飲食店で調理する人と様々な人が介在して経済が回っていく。何かを作っている訳でもないのに、お金を得ている今の仕事って何の役にたっているのかわからなくなっていた。
 担当しているお客さんも段々と様変わりしていった。
借りる時は感謝されても、いったん焦げ付き始めたら悪党呼ばわりだ。金利も高いし、うまくいかない方が多い。

担当したお客から逆に罵られる事が増えてきた。
 ある日、会社員の息子を連帯保証人にして300万円を新規融資した会社が不渡りをだした。タコみたいな頭の社長が率いる建設系の会社だ。いやタコ社長の一人親方だから率いるはおかしいか。
ともあれタコ社長は一度の返済もすることもなく不渡りを出した。出しポンってやつだ。
 融資を実行する時は連帯保証人になる息子も同席していた。
タコ社長は真っ赤に日焼けしたツルツルの頭を「すまねぇなぁ」と言いながら息子に下げ続けていた。息子は自分と同じくらいの年齢に見えた。
タコ社長は離婚していて、家族は息子だけ。息子は彼女と同棲しているようなので、タコ社長とは一緒に暮らしてはいない。息子は無言で次々と書類にサインと押印を繰り返していく。貸付の書類以外にも公正証書作成の委任状など書類の数は多い。
だんだんと息子が不機嫌になっていくのがわかる。彼女と結婚する事とか考えているんだろうか?父親の会社、仕事のためとはいえ、連帯保証人になんてなりたくないだろう。

 300万円の使い道は、仕事で使う車「キャラバン」を買うつもりだそうだ。
車が壊れたら現場に行けないものね。
借入先も多く、うちの会社で融資を受けるしかなかったあたり、車のローンだって通らない思う。
でもほんとは目の前の資金が回らないんだろうと融資を実行しながら内心思っていた。
 不渡り情報を掴んでからすぐにタコ社長に電話するも圏外。そのまま向かったタコ社長の自宅はすでに占有屋がいた。
息子の携帯は電話してもコール音のみ。今は5時前まだ勤務中か?
タコ社長と息子も、まだコンタクトが取れていない事を支店長に相談する。どちらにせよ息子から回収するしかないと方針が決まる。自分と同年代の息子から回収しないといけないのは、心苦しさを感じた。
 連帯保証人って身代わりに返済しなくてはいけない。そういうものだからと、それほど長くない勤務期間の中でも何度も連帯保証人から回収を繰り返してきた。いつも通りだ。やれるはず。
支店長に相談した後、息子のマンションにも向かったが不在だった。

20時きっかりまで息子マンション前で待ちながら電話し続けるも、タコ社長とも息子ともコンタクトが取れないままだった。
今夜はこれ以上進展しなさそうだったので、モヤモヤしつつ深夜に帰宅した。
 翌日、出社すると朝イチでタコ社長から電話が入る。コンタクトが取れたことに嬉しさを感じる。自分のデスクまで転送してもらい電話に出る。
 「黄田さん、すいませんでした。」こちらが受話器を耳に当てると、タコ社長は震えて、消え入りそうな声で謝罪してきた。

「心配してたんですよ、社長。電話も出ないし自宅にもいなかったじゃないですか。」心配していたのは本当だ。
「はぁ心配かけて申し訳ないです。お金は先ほどすべて振り込まれたはずですから。」
タコ社長は返済できないことを心配してると思ったのか、振り込んだ事を真っ先に話した。まあそれもあるけど、行方がわからなくなった事も心配してたよ。
って今なんつった?振り込んだ?
「もしかたら妻の名前で振り込まれてるかも知れませんが、お借りしたお金はすべてお返しされてると思います。」
タコ社長の声は聴き取り難かったが、言ってる事は理解できた。別れた奥さんが振り込んでくれたんだね。でも雑音が多いな、受話器が風の音を拾っているようだ。
「振り込んでくれたことはわかりました。これから確認しますから。っで社長は今どこにいるんです?一回事務所これます?返済終わってるなら預かってる書類も返さないといけないですし。」とにかくタコ社長とは会っておきたい。
「黄田さん、行くのは無理です。いま日本海にいるんです。」風音の理由がわかった。
「それでね黄田さん。息子には連絡しないであげて欲しいんです。息子にはすまない事をしてしまったんで・・・」
タコ社長の次の言葉を待っていたが電話が切れた。すぐにタコ社長に掛け直すが、圏外のアナウンスが流れた。

 事務所で一番かわいい事務員さんに振込の確認をしてもらった。
結局奥さんの名前で振り込まれていた。300万ちょうど
発生している利息分は足りないけど、何だかこの件は早くクローズしたい気持ちでいっぱいだった。元本の300万は回収できていると報告すればそれ以上は会社は何も言わないだろう。
 会社に報告を終えた二日後、連絡をしないと約束していた息子の方から電話が掛かってきた。
「父親は亡くなりました」悲しいような、怒っているようなどちらでも受け取れる声のトーンだった。

 そのトーンのまま息子から淡々とタコ社長の最期が語られる。
息子が連帯保証人になった借金はうちだけだったこと。
息子にだけは迷惑をかけたくないと、タコ社長は離婚した妻のいる新潟までお金を無心しに行ったこと。
一人息子の自分の為に、母親が肩代わりしてくれたこと。
そして振り込みされたあと、タコ社長は自ら命を絶ったこと。

一通り語り終えると
 「そういう訳なんで、もう関わりはないと思っていますんで。父がお世話になりました!」
最後の一言だけ力を込め発したあと、息子は電話を切った。

 すでに心が黒く悶々した状態だった黄田にとって、息子からの電話は「モームリ」と変化させるには十分だった。

会社は辞めた。次なにしよう?

 息子からタコ社長の最期を聞いたあと、会社をサボった。12月に入っていた。
いつもの起床時間には目が覚める。起き上がれない。身体が重い。
いつも身体は重く感じていたけど、今日は無理だ。
会社に行くためだった緊張感が全て疲労感に変換されている。
行きたくない・・
 いきなり無断欠勤をするほど根性もなかったので始業開始10分前に会社に電話する。

事務所で一番かわいい事務員さんが出てくれた。ラッキー!
体調が悪くて今日は休むと伝えて、さっさと電話を切った。
 電話したついでにトイレをすませ、顔を洗うために洗面台に向かう。
ゾンビみたいな顔してる奴がいた。ゾンビは鏡に映っていた黄田本人だった。
目の周りが黒くへこんで見える、それでいて全体的に青ざめた顔。
瞳の色は灰色に見える。ひどい顔だ。とにかく寝よう。

夕方まで寝たら少し元気になったけど、翌日も翌々日もサボった。無断欠勤した。
 無断欠勤二日目。何度か携帯は鳴っていたけど、事務所の電話番号と非通知の着信は無視していた。
また携帯が鳴る、林先輩だった。無断欠勤してから初めて電話に出る。
 「もしこー?黄田くん生きてるー?」林先輩はわざとくだけた調子で話してくれる。
「あーすいません、元気ないっす。」察してくれとばかりな口調で返事を返す。
「うーん、そうだよねー。んでどうするん?」林先輩は一言、黄田の心情を全て察した問いかけを返す。
「モームリっす。もう会社行けないっす」

言っちゃった。でも聞いてくれなかったら言えなかった。
 きっと林先輩は過去に何度も後輩が辞めていく場面があったんだろう。
黄田の同期だって最初は5人いたけど、残りは一人だけだ。

林先輩にはお世話になったけど、最期もまた甘えてしまおう。
「わかった。もう来ないって伝えておく。きつかったよな。」
林先輩はきっと支店長から言われて電話してるだろうに、さりげなく労ってくれるあたりホントに良い先輩だ。
「そういえば黄田くんにお願いあるんだった。」林先輩のお願いか。できる事なら何もしたくはないけど、何なりと!
「黄田くん休んでる間に、手形だけど新規でたんだけどさ・・黄田くんが営業してたとこだけど、貰っちゃっていい?」
 いいですいいです!貰っちゃってください!

林先輩は戻ってくると思って黄田の名前で稟議書や審査を通していたらしい。辞める事は今決まったし、それくらい惜しくない。むしろそれくらいで林先輩が助かる事があるなら、自分の担当先を全部貰って欲しいくらい。
 抜け目のない林先輩のお願いを了承し、ありきたりな言葉だけだったけど、思いを込めて礼を伝え電話を切った。
事務所には改めて退職届を郵送した。

無職になり、ひと月くらいしたら事務所に置いたままだった座布団、ワイシャツやネクタイなどの私物と一緒に離職票が届いた。
 次なにしよう?

おれ、船長になる!

 離職票が届いて身も心もボロボロのままハロワに行った。自己都合での退職だったので、待期期間が長い。
早く働ないと干上がってしまう。焦りもあったが、もうあんな思いをしてまで働きたくない。
できれば自分が楽しく働けて、相手も喜んでくれるような仕事がいい。それが無理なら何か世の中の役に立つような仕事がしたい。年齢的には消防士へも応募できるけど、今から身体を鍛える根性も、公務員の試験を受けるような努力をする気持ちも持ち合わせてはいない。
 ハロワで仕事を探すために端末を眺めてきた。仕事を探すために端末を眺めていても、眺めている視線は何も期待していない。気になる仕事なんか1つもない。したがって求人票は1枚もプリントアウトしない。

いつも通り何の成果もないまま30分間端末を眺めて電車で二駅の距離を帰る。
すぐに降りるしドアの近く、3人掛けのシート横のつい立てに寄り掛かる。
ドア越しの景色が加速していく。

 寄り掛かったまま目線を景色に向けようとすると、加速に取り残された、20センチ幅の平面に目が留まる。
「春キャス募集」
ドアに貼られたシールには20XX年春キャス募集と謳われ、ミッキーマウスを笑顔のキャスト達が囲んでいた。
幼稚園時だったころ、母親と二人でディズニーランドに行った事を思い出した。家族の誰かとディズニーランドに行った思い出はその一回だけだ。
 ビッグサンダーマウンテンは、一番前の列に乗った。スリルに笑いが止まらなかった。
 イッツアスモールワールドでは人形達の不気味さに泣いたが、SOGOの大きなカラクリ時計を見上げて涙がとまった。
 ジャングルクルーズは船長の斜め前の席に乗船した。
そういえば原住民のところで「槍が飛んでくる!飛んでこない?持っていたのは思いヤリ」なんて言ってたな。

記憶が蘇ってくる。
船長の顔までは浮かばなかったが、なんだかカッコ良く見えたのは思い出した。そして、楽しかったな。
もうすぐ三月か。
 おれ、船長になる!
仕事の期日以外で久しぶりに発動したモチベーションは、帰宅してすぐに携帯から応募するボタンを押させるのでした。


次回、春キャス面接編